2010年8月アーカイブ

2ちゃんねるユーザー

女子中高生も2ちゃんねるユーザーも、
略し言葉を普通に使用しているみたいです。

もちろん性格や見た目などは全然違うでしょうし、
思想感覚も異なると思いますが、
言葉をスムーズに相手へ伝えるため、
出来るだけ言葉を略して略し言葉を使うという点では。

まぁお互い略し言葉に対する考え方は違うと思います。

きっと女子中高生は略し言葉を使うこと、
または使っている自分自身がカッコイイから使っているのでしょうし、
2ちゃんねるユーザーは長々と文字を書くことが面倒くさいから、
そのために略し言葉を使っているんだと思います。

人によるでしょうから、一概には言えませんが。

さて次は「厨房(ちゅうぼう)」。
これは読み方からも明らかで、中学生のことですね。

といっても使う相手が中学生かどうかは無関係の時もあり、
中学生の様に世間的にまだまだ程度が低い・・・という意味で使うこともあるそうです。

ネット上では基本的に褒めることよりも、
中傷することの方が多いですので、大半は「程度が低い」という意味で、
「厨房」という言葉を使っているのでしょう。

ちなみに厨房がありますので、消防や工房もあるそうです。

厨房とは違い、あまり使われることも無いみたいですけどね。

色々と2ちゃんねる用語の意味を調べてみて分かったのですが、
2ちゃんねるで使われている言葉というのは、
様々なジャンルの板で誕生しているみたいです。

古本買取を滋賀で探すと...

古本買取をお願いしようといろいろお店を探しました。

私が住んでいるのは滋賀なんですが、やっぱり東京なんかと比べると、古本買取を滋賀でしてくれるところは、そんなに多くはないんですよね。ネットで調べても2、3軒くらい。もちろんいくら滋賀といえど、もっとたくさんあると思うのですが、要するにインターネットを活用しているところが少ないということでしょうか。

ということでちょっとお店はあきらめて、ネットで古本買取を出張か宅配便で送ればいいようなサービスをしてくれるサイトを探すことにしました。

すると、結構いろいろあるんですね〜。今までそんなサービス探したことはなく、古本買取といえば古本屋に買ってもらうと決めつけていたものですから、ちょっと驚きました。

出張してくれるところ、宅配便で送ればいいところ、しかも送料やダンボールまで無料のところもあります。

やはりネットの力はすごい。

滋賀にいようとどこにいようと、サービスしてくれるところが見つかるのですから。

ところで私がどうして古本買取を考えたかというと、学生時代からの本が多すぎて本棚の数が足らなくなってしまったからです。一度は愛読した本ばかりですので、売るのは何だか寂しい気持ちもしましたが、思い切ってダンボールにつめていると20箱にもなってしまいました!

でも、売ってしまって本棚はすっきり。また新しい本を買うつもりです。

キーチ!!/新井英樹(漫画)

「ザ・ワールド・イズ・マイン」、「RIN」
などセンセーショナルな作品を描き続けてきた新井英樹先生が、ビックコミックスペリオールにて2001年~連載中の作品です。「キーチ!!」を主人公・染谷輝一の少年時代を描いた第一部として、現在は「キーチVS」という輝一の大人編を描いた第二部が連載されています。

新井作品全てに言えることですが、人間としての本質を強烈に、生々しく、時に痛いほど過剰な表現で「キーチ!!」は訴えかけてきます。

あらすじは、海育ちの母と山育ちの父から生まれた染谷輝一。幼稚園まで成長した輝一は、感情表現の発達が周りの子供達とは異なることもあってか強烈な問題児として周りから捉えられていた。そんな輝一に振り回される母と父ではあったが、それでも時に輝一は他者に優しく、両親もまた輝一を愛しながら平凡に暮らしていた。ところがある事件によって、父母は通り魔に殺されてしまう。その時に輝一はとある女ホームレス・モモに拾われ生活することになる。その後ホームレスのモモと土地を離れ、輝一の人格形成に大きな影響を及ぼす秋本という女性と共に暮らす。そこで様々な経験を得ていく輝一だが、今度は秋本をも失ってしまう。
秋本とはぐれたその後、輝一は本能のまま山中にて自活していく。246日後に保護され、祖父母の下で暮らすことになる輝一だが、その目にはこれまでの衝撃的な経験の数々が強く生きる力となって宿っていた。
時は流れ、輝一は小学校にあがる輝一だが、そこにいる輝一は既存の社会にとらわれない人間の本質的な「何か」を貫く存在であった。転校先で出会う優等生「甲斐」と共に輝一と社会との大きな戦いが始まる。

ずいぶん内容を明かしてしまった上に、あまりまとまっていません!

一つ本作を読む上で注意して頂きたいのは、本作がその強いメッセージ性の為に非常に過剰な表現が多いということです。個人的に、新井先生というお人は漫画家という枠組みを超えて一人の「創作者」としての熱が半端ではない方だと思います。本作でもその熱は強烈な表現において描かれています。
本作では、徹底的な社会問題とそれに対する人間の善悪入り交じった「本能」が炙り出されています。いじめ・暴力・性的暴行...後半になると児童買春・マスコミ問題・政治汚職と現代社会が抱えている闇を痛烈なリアリティと共に描いています。

読む人によっては激しく辛い作品だと思います。しかし、その社会ないし現代人の闇・弱さに対抗するのが輝一の「本質主義」なのです。
輝一にあるのは「オレの嫌いなものは排除する。」という強さです。その「嫌い」には大人の力やそれに巻き込まれる者の弱さです。輝一にとって自身が何者であるかなどは関係ありません。子供で無力であっても「嫌い」なものには攻撃する。その輝一の本質に社会という虚構はどう応えるのか。この軸を見失わなければ誰もが読める作品だと思います。

ただ一言申し上げると、半端な覚悟で読むことなかれ、です。

港区で古本買取をしてもらう

 東京全体での古本買取を調べましたが、港区で古本買取屋さんを見つけました。古本、
といっても古書のほうが専門のようですが、『小川書店』というお店です。
創業80年という歴史を持ち、買取する本も戦前の本から古い写真、地図など、今まで調べてきた古本買
取の既成概念を打ち破る品々です。サイトもトップページからしてとってもレトロな雰囲気のあるHPに
なっており、とても趣があります。
 「紙もの資料」として、戦前の絵葉書や古い地図、古い写真、パンフレットなどの刷物も買い取るそう
で、他には日本史・東洋史・西洋史の専門書・現代史(明治・大正・昭和)の専門書も扱い、更には軍事・
戦記の本や満州・朝鮮・台湾の本、そして更に(なんだかジャ○ネットみたいになってきた・・・)戦前
から昭和30年代までののりものの本、戦前から昭和40年代までの古い雑誌を買取してくれるそうです。
どこか、博物館や資料館に持って行ったらかなり貴重な資料になりそうな本などの画像が掲載されていま
した。
 なぜ港区で?!というのが素朴な疑問です。古書については神田で修業を積んだと小さく書いてありま
したが、「小川書店の歴史」コンテンツで謎が明らかになりました。元々、初代店主が港区南麻布にあっ
た小川書店に店員として就職し、一度は新宿区で独立して店舗を構えたのですが、戦災に遭い焼失し、戦
後改めて港区三田に店を構えたのだそうです。
古本屋さんにも歴史があるのですね。戦後間もなくの頃に店舗を構えたようですから、相当な苦労があっ
たかと思われます。東京は焼け野原で、古本買取といっても、本そのものがなかったのではないでしょう
か。今のようにインターネットが発達していたわけでもなく、口コミで店の存在を知ったとしても、車も
なく、何とかお金に代えたい人が、リヤカーに本を積んで売りに来たのではないでしょうか。
本に歴史あり、ですが、本屋さんにも歴史あり、ですね。

似ているようで違うもの

人の意見に対して揚げ足を取る人の中には、
きっと相手を馬鹿にしたいという気持ちと同時に、
自分の知識などを相手に自慢したいと思っているから言ってしまう
人もいるでしょう。

私はどちらかと言えば自分の知識を披露したいという気持ちが強いために、
時たま揚げ足を取ってしまいます。

また、わざわざ揚げ足を取る意見を言うわけですから、
言わない人と比べると向上力やプライドも高いかと思います。

そのため勝手な想像ですが、そういった方の多くは、
どうでもいいようなウンチクを知りたいと思っている人も多いでしょう。

知識があればあるほど、人に対して揚げ足を取れるわけですからね。

さて!そこで紹介したいのが、
ウンチクとも言える「どうでもいい物の違い」についてです。

世の中にはAとBといった、
一見すると同じように思える物であるのに、
実は明確に違う理由が存在する物って沢山あります。

例えばニラレバやレバニラとかね。

そこで調べてみたのですが、
実に数多くの「似た・同じような物」が世の中には存在しているのですね。

あなたは「ビール」と「生ビール」の違いを知っていたでしょうか?

私は商品名に使われている表記名が原因なのかと思っていましたが
実は処理の方法によって「生」が付くかどうかに分かれるそうです。

要はビールを醸造するには幾つかの工程を行うわけですが、
加熱や殺菌処理を行わないと「生ビール」になるそうです。

当然ですが逆に行えば「ビール」ということですよね。

ビール好きな人にとっては有名な事であったかもしれませんが、
嗜む程度の人には知らなかったことだと思います。

リン廃宣言/ジェミニP feat.鏡音リン

もう一つの音楽文化として急成長したVOCALOIDによる楽曲
のご紹介です。
本作は2008年にジェバンニPさんがニコニコ動画に投稿された楽曲です。

つい先日プレミア会員が90万人を超えた(これってとてつもない人数ですよね...)ニコニコ動画ですが、そこで急成長したVOCALOID文化ですが世間的にはまだまだアンダーグラウンドな世界なんでしょうか? 個人的には少なくとも既存のポップ・ミュージックとは隔たりがあるように感じます。
つまるところ、VOCALOIDがアンダーグラウンドであることの原因としては、「デジタル音声プログラム」と「オタク文化」の二点だと思うのです。

その二点に関しては、まだ個人の音楽観による判断の余地がまだある状態だと思います。ですので、どのような意見もまだ正しいとも間違いとも言えません。
それでも一応私の意見は出しておこうと思います。

個人的にデジタル音声プログラムがもたらす音楽性への影響は、まだまだ未知と言わざるを得ません。
VOCALOID否定派の人には、おそらく「いくらボーカルの細かい設定が出来ようともそれは生の歌声に勝るものはない」と考えている人もいるでしょう。その意見も理解出来ます。とてもフラットな感覚で言えば、実際に失恋の思いを感じながら歌う歌手の歌とボーカロイドが歌う失恋ソングでは、感情の伝わり方が違います。
ただそれを優劣と考えるのは、少し判断が早いと思うのです。
ボーカロイドの曲を作っているのは我々と同じ生身の人間です。作曲者はその曲に込めた思いをリスナーに伝える為に、詞を書きそれをどうボーカロイドに歌わせるかまで作り込むわけです。感情が歌という表現に込められるものならば、ボーカロイドにおける作曲・ディレクションという創作にも同等に込められると考えるのは、そこまで無理があるとは思えません。ボーカロイドの歌唱表現に感情を感じられなくても、その楽曲全体を含んだ見方をすればそこには確かに感情を感じることが出来るはずなのです。
絶対的に生身の歌とボーカロイドには絶対的な違いはあります。それでも聴き手がイマジネーションと音楽そのものへの凝り固まった考えをほぐす事さえ出来れば、いくらでもその違いの壁を取り払ってただ「音楽を楽しむ」というフラットな領域にいけるはずなのです。


もう一つ「オタク文化」について。ボーカロイドは「初音ミク」や今回ご紹介する「鏡音リン」といったキャラクターがユーザーの歌姫となって歌うというコンセプトを持っています。そのコンセプトの構造自体が所謂オタク的なものである事は確かです。実際に人気の理由の一つとして、ユーザーによるそのキャラクターへの愛は大きいと思います。それが壁を生んでいる点もあります。
だいぶオタク文化が抵抗無く世間に認知される時代とはいえ、それでも一般人と別にカテゴライズされるくらいには特別な存在です。非オタクの人にはボーカロイド自体もその文化の一端として、前述のキャラクター愛含め理解出来ないものである事もあると思います。
でもこのキャラクター愛が、一つの新たな表現として持つ可能性もあるのです。


それを見せてくれるのが本作「リン廃宣言」です。この曲の詞は、鏡音リンがユーザーである我々人間に対して語りかける形式で作られています。
そこで語られることは「いつかあなたは私を忘れる」という「VOCALOID文化=既存のポップミュージックの下位表現であり、いつか風化されるもの」という理念を根底においたもので、それに対する鏡音リンのユーザーに対する希望を述べています。
前述の理念はVOCALOID楽曲にしばしば見られるが、私が思うにこれはキャラクター愛がもつ「感情移入」の性質を一つの表現にまで昇華させたものです。
この曲に共感した鏡音リンのユーザーは、まるで自分が使用するソフトである鏡音リンが意志をもって語りかけるように感じたのでしょう。それほどに、この曲は明確に鏡音リンの「感情」がディレクションされています。その感情を受け取るのに必要なものは、キャラクター愛と少しだけの楽曲理解だけです。そこには「生身の歌声」という条件は必要ありません。たったその二つだけでこの楽曲に込められた感情は私たちに入ってきます。


VOCALOID文化はまだアンダーグラウンドかもしれませんが少し視点を変えるだけで既存のポップミュージックと遜色ない音楽となるのです。
私はボーカロイドユーザーではありませんが、「リン廃宣言」の詞世界を理解は出来ました。ただのリスナーであってもいくらでも一つの音楽と捉えることは出来ます。
ちなみに本作のサウンドは、90年代トランストラックにごく日本的なメロディがのっています。このサウンドプロデュースもアマとしてはレベルが高く、かつ本作のコンセプトに合うようにシンプルな構成になっているので、そこも感情移入を引き起こしていると思います。


もう既にセミプロレベルのユーザーも多く輩出しているVOCALOID文化は、懸命な音楽リスナーほど目を向けるべきだと思います!

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